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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11613号 判決

国籍

住所

東京都世田谷区上馬町二丁目六七

原告(反訴被告)

林憲栄

(訴訟代理人

武岡嘉一)

国籍

住所

同都北区田端新町三丁目一一五

被告(反訴原告)

斎藤道厚

被告

東都金属表面加工協同組合代表理事 斎藤道厚

(両名訴訟代理人

杉松富士雄)

主文

被告斎藤道厚は原告に対し別紙目録の建物を明渡し且昭和二十九年一月一日より右明渡済に至る迄一ケ月金一万五千円の割合による金額の支払をせよ。

被告東都金属表面加工協同組台は別紙目録記載の建物中階下北側作業場約十二坪及び階上西北隅の三畳一室の明渡をせよ。

被告斎藤道厚は原告に対し金八万円及び之に対する昭和二十八年十月十五日より右完済に至る迄年一割の割合による金額の支払をせよ。

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は本訴に関する部分は被告等の負担とし反訴に関する部分は被告(反訴原告)斎藤道厚の負担とする。

事実

一、申立

「原告」本訴につき主文第一乃至三項同旨の判決及び仮執行の宣言反訴につき主文第四項同旨並に主文第五項同旨の判決を求める。

「被告」本訴につき原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決、反訴につき反訴被告は反訴被告が訴外劉咸を売主として昭和二十八年九月二十二日別紙目録不動産に付きなした売買契約の無効なることを確認せよ、反訴被告は別紙目録不動産に付き東京法務局北出張所昭和二十八年九月二十四日受付一七〇八七号順位七番昭和同年同月二十二日売買による林憲栄のための所有権移転登記抹消登手続をせよ、反訴被告は反訴原告に対し金一万五千円及び之に対する昭和三十一年六月二十一日より右支払済に至る迄年五分の割合による金額の支払をせよ、訴訟費用は反訴被告の負担とするとの判決を求める。

二、原告(反訴被告以下本訴並に反訴を通じ単に原告と称する)の請求原因及び反訴に対する答弁事実

(一)  原告は、訴外劉咸から同人が訴外西田甚作より別紙目録記載の建物を買受けるに当りその買入資金を全額原告に於て貸与した関係上、劉咸より同人名義に所有権移転登記したときの登記済証を保管していたが、その後劉咸に資金を融通しその額約六十万に達した。然し同人の事業も思わしくなく前途の見透しもつかなくなり唯一の財産である本件家屋の所有権を昭和二十八年九月二十四日代物弁済として売買名義にて取得しその旨登記をなし、同年十月十五日賃料月額一万五千円毎月二十八日限り持参支払うこと期間同日より一ケ月賃料一ケ月分滞つたときは通知催告を要せず契約を解除さるるも異議なきこと建物は被告(反訴原告以下本訴並に反訴を通じ単に被告と称する。)斎藤の工場として使用し用途を変更しないこと等の条件にて、被告斎藤に賃貸したところ、昭和二十八年十一月末迄の賃料の支払があつたがその後支払がないので、昭和二十九年八月十八日内容証明郵便にて解除の通告をなし翌日到達したので契約は解除となつた。よつて建物の明渡とその後の賃料相当の損害金の支払を求める。被告組合は、別紙目録記載の建物中請求の趣旨表示の部分を被告斎藤と共同にて占有しているが原告に対抗し得る権限がないから明渡を求める。

(二)  原告は被告斎藤に対し、昭和二十八年十月十五日金八万円を返済期同二十九年三月末利息一万二千円を加え九万二千円返済の約にて貸付けたところ、返済を受けないので右貸付金及び利息制限法の範囲内なる年一割の利息損害金の支払を求める。仮に被告主張のように右消費貸借が無効だとすれば不当利得としてその返還を求める。

(三)  (略)

(四)  反訴請求原因事実は否認する。劉咸は中華民国人であるから同人が日本人より買受けるについては主務大臣の認可は不要である。仮に同人が外国人であるがため買受けるにつき主務大臣の認可を要するとしても自分の住居に供するため通常必要と認められるものであるからこの点から認可は不要である。よつて反訴は理由がない。

三、被告等の答弁及び反訴請求原因事実

被告斎藤が契約解除の通知を受けたこと、被告等が建物を占有していること、被告斎藤が金八万円を受領したことは認めるが、その他の事実は否認する。本訴物件は原告の所有でない。原告は訴外西田甚作より買受けた劉咸より代物弁済として売買名義により所有権を取得したと主張するが、右物件は被告斎藤がその独特の体系を以て組織せんとする綜合学研のため鋳金業を営むため合資会社四編王電鋳所を作ることになりその設備とするため古家を買入れ修理増築したものだが、劉咸が出資した金員が三十八万五千円に達したので同人名義にした。然し被告斎藤も経理増築等に六十四万五千円を投じ他にも出資者として大日方弘、山崎市治、岡部司、光井正美等がいたので実質的には出資者の共有である。劉はその建物を担保にして金策に当つたが原告より四十万円の借入の約束が成立し八万円を内金の意味で被告斎藤は受領した。この際原告に形式だけのもので何でもないと言われ請わるるままに署名したのが建物賃貸借契約証と借入金之証(甲第二、四号証)であつた。原告は劉咸と共謀の上既に昭和二十八年九月二十四日に原告に売買登記がなされていたのにこれを秘し抵当にして金員を貸与するような詐欺的言動に出て、被告斎藤の錯誤を利用して意思表示をさせたもので、従つて建物の賃貸借及び金員借入ともに無効である。なお本件建物は共有で劉咸には処分権がなかつたのであるから同人より譲渡を受けた原告にも所有権はない。然るに同年十二月中原告は家賃一万五千円の取立に使を寄越したので被告斎藤は不審であつたが処理を考えいくらかの金額を渡した。なお原告は不当利得を原因として返還請求を求めるが原告はその不法行為の手段として金員を給付したことが明かであるから不法原因のため給付したものでその返還請求権もない。而して劉咸は中共治下に国籍を有し終戦後日本に渡航して来た外国人である。従つてかかる外国人は日本人から土地建物工場事業場若くはこれらに附属する設備に関する権利を取得するには外国人の財産取得に関する政令第三条第一項第四項により主務大臣の認可を受けなければならないのに訴外西田甚作より買受についてその認可がない。よつてその取得は無効であり、劉咸から原告が買受けても所有権は取得しない。被告は劉咸と事業を共にして来たので劉咸が登記をしていることはこれを維持する利益がある。原告がその上に登記を有することは被告の利益を害する。又原告はその所有でない本件建物について賃貸権を有するものでないから被告が家賃として一万五千円を支払つたのを原告が受領したのは法律上の原因がなく不当利得である。よつて劉咸と原告間の売買の無効確認と登記の抹消及び不当利得金一万五千円と之に対する反訴状送達の翌日たる昭和三十一年六月二十一日より右完済に年六分の損害金の支払を求める。

四、証拠(略)

理由

一、被告等が原告主張の建物を占有していること、原告が斉藤に賃貸借契約解除の通知をしたことは当事者間に争がない。

二、よつて右建物が原告の所有であり被告斎藤に賃貸したが、賃貸借が終了したかどうかを按じるに、成立に争のない甲第一、二号証と証人田宝民(第一、二回)、小泉勝五郎、原告本人の供述によれば原告は被告斎藤が本件家屋を買受けるに当り、金員を出資した劉咸に右金員を貸与した関係上劉咸が弁済できず、且つ同人が被告斉藤と共同した鍍金事業も見込薄になりために弁済に代えて自己の所有名義であつた本件建物を売買名義にて原告に移転登記したこと、右建物は実質上は劉咸と被告斉藤等の共有であつたが信託的に劉咸名義にしたものなること、従つて対外的には所有権は劉咸に移転したものであるから同人より代物弁済として受けた原告は所有権を取得したものなること、而して原告は右建物を被告斎藤に賃貸したが賃料として昭和二十八年十一月分迄の支払があつただけなので原告は特約により解除したものなることを認めることができる。右認定に反する証人斎藤ちよ、大日方弘、被告本人の供述は措信できない。被告等は劉咸の売買貸借は錯誤により無効だと主張するがこの点についての被告本人の供述は措信できないし他に証拠がないから採用できない。

三、然るに被告は劉咸は中共治下に国籍を有するものであるからその所有権取得には主務大臣の認可を要するのに認可がなかつたのだから所有権取得は無効であると主張するのであるが、外国人の財産取得に関する政令の別表に言う中華民国とは現在所謂中共治下にある地域をも包含するものと解するを相当とすべく、従つて劉咸が中共治下の北京に籍貫(本籍)を有するとしても右政令には中華民国の国籍を有するものとして取扱わるべきものと解するから同人が本件不動産を取得するについては右の認可は不要というべく被告の主張は採用できない。

四、なお成立に争のない甲第四号証と証人韓学謙原告本人の供述によれば原告主張のような金員の貸借のあつたことを認めることができる。

五、以上の理由により本件賃貸借の終了及び所有権を理由に家屋の明渡と賃料並に損害金の支払と貸金及び之に対する利息損害金の支払を求める原告の本訴は理由があり。

従つて被告の反訴は理由がない。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第九十三条第八十九条を適用し、原告の求める仮執行の宣言は之を附さないのを相当とし主文のように判決する。

(裁判官 真田〓一)

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